事情聴取

仕事から帰って夕食の準備をしようと冷蔵庫を開けたその時、異変に気がついた。

ぬ、ぬるい!

冷蔵庫なのになんで?ぬるいんですけど!

慌てて冷凍庫も開けてみたところ

なんじゃあこりゃあ!

アイスと氷は原型をとどめておらずドロッドロ。

ふと見るとコンセントが抜けている。テーブルタップごと抜けている。

こんなことをするのはヤツしか居ない。

そしてジィを事情聴取。

追求した結果、どうやら昼ご飯を温めようと電子レンジを使ったものの切り方が分からなくなり目についたテーブルタップを片っ端からひっこ抜いたとのこと。

な・・・なるほど。なんて感心している場合ではない。大掃除だ。

当たり前の、ちょっとしたことが分からないんだろうなぁ。

なんとも普通の人には理解しがたいけど、それがボケというものだろうから。

仕方なし!

ジィを引き取ってから1年、驚異の回復ぶりを見せる。なんと自分の名前をなんとなく書けるようになってきたのだ。

どこか必ず間違えてはいるが・・・。

加えて、とにかくしゃべる。しゃべってしゃべってしゃべりまくる。数パターンの昔話しをリピートするので、こちらも延々と適当なあいづちを打ちまくることになる。全く話せなかった頃と比べたら見違えるほどの回復ぶりだ。認知症ではありません!と言いきったM医師の診断もまんざらハズレでは無かったのかもしれない?と思ったが、いやでもやはり以前の父とは違うのである。

その日もいつもと同じ昔話しが始まった。それきた!と適当な相づちで右から左へ流していると、めずらしく新しいエピソードを話し始めた。

ジィ「昔、バァと東京に映画を観に行った帰りにからまれてな、17人に囲まれたんだ。・・・・・・略・・・・・・ で、全員やっつけてやったんだ。」

私「ぇぇぇええ?」

そんなことがあったのか!と驚いた私は、その晩、さっそくバァに聞いてみた。

バァ「そんなことある訳ないでしょ。ジィと映画なんて観に行ったこと一度もないよ。ボケてんだから信用しないの!」

私:絶句

幻だそうです。

アタシんちの家族

昔このジィは、いわゆる「教官」もどきの職についていたせいか、それはそれは女性によくモテた。そして不倫騒動をきっかけに、ある日突然、なななんと家族を捨てて家を出て行ってしまうのである。まだ子供だった私は父親が家族を捨てたことに酷く傷つき悲しんだが、そんな父不在の環境にもやっと慣れてきた頃、今度は母親が義理父候補なるインテリ君を連れて来たのだ。が、このインテリ君、私と全く反りが合わず、反抗期の私をボッコボコに殴り蹴り倒すという事件を起こす。それをきっかけに一家離散。以来、お互い干渉することも無く、それぞれ好き勝手に生きてきた。良く言えば自由なのだが、ちょっと変わった家族である。

あれから数十年、相変わらず勝手気ままな一人暮らしを続けていた。ただ自分も親も歳だけは確実にとっているし衰えもきている。いつかは面倒見なきゃだな・・・と思うようになっていたそんな矢先、その日は突然やってきた。

昔から問題大有りの糞ジジィだけに、再び一緒に暮らす状況に戸惑いもある。が、それでも親は親。なんとかなるのだろう、きっと。

悪戦苦闘

そんなこんなで、認知機能に全く問題ない(?)ジィを引き取るも悪戦苦闘の日々は続く。

例えば、散歩の帰りが遅い時は道に迷っているのでスマホのGPSを頼りに車で探しに行くのだ。やっとの思いで見つけ出して自宅に連れ帰る。車からジィを降ろして安堵したのも束の間、迷うことなく隣家へと歩き出すジィ。そして燐家の玄関先でドアを開けろと騒ぎ出す。そんな有様なのだ。

家事についてもとんちんかんで、洗濯用洗剤の代わりに漂白剤を洗濯機に入れてしまう。むろん洗濯物すべてシボリ染めか?と見紛う惨状。

こんなんで何年もつだろう?と不安になることしばしばなのである。

親の介護問題、なんとなく覚悟はしていたつもりではあったけど、いざその時になると介護に対する知識もなく何の準備も出来ていないことに愕然とし、己の不甲斐なさに情けなくなる。

焦らず、少しずつ。

不吉な知らせ

夕食を済ませテレビの前でくつろいでいると突然スマホが鳴った。

親戚から”父危篤”との知らせ。

病院に駆けつけた時は虫の息。小さな面接室に呼ばれ、当直の医師から「肺炎で大変危険な状態」との説明を受ける。それから1週間ほどはICUで生死を彷徨った。回復し意識を取り戻すも、話しがまったく通じないし字も書けない。幻覚を見たり失禁したりで、もう今までの様に独り暮らしは出来ない状態であった。

そして退院も近くなった頃、担当のM医師から直接私のスマホに連絡が入った。容体急変か?と思いきや、「お父さんを引き取って欲しい」との電話。最近の医師は家庭の事情を鑑みて、そんなことまでするんかいな?とこの時は感心もしたが、このM医師、退院前の認知症検査で間違いを連発するジィに「オマケオマケ」と言いながら、「認知機能に全く問題ないです」と言い切った。

なわけねーだろ・・・

老人への憐れみなのか優しさなのか知りませぬが、認知機能に全く問題ないということは車の運転も出来るということだ。いやこんな状態で車なんか運転されたら間違いなく何人か葬ることになりますがいいですか??と言いたくなったが、熱い志を持つ若いドクターに言うのも酷だ。それに命を救ってくれたことに変わりはない。感謝。丁重に礼だけ言って診察室を後にした。